オレンジ通りについて

浅草オレンジ通りへようこそ

名前を聞いただけではとても浅草の商店街だとは想像できないかもしれませんが、浅草寺周辺を大きく分ける商店街のひとつなんです。 よく「どうして『オレンジ通り』なの?」というご質問をいただきますので、この地の歴史をさかのぼって見てみましょう。 そして、オレンジ通りにお越しになる際にこの通りが見てきた歴史に思いを馳せていただければ幸いです。 ※諸説の中から記録のあるものを中心に、有力な情報をまとめました

名称: オレンジ通り商店街振興組合 事務所: 東京都台東区浅草1-39-2 理事長: 前川典央 ※2017年1月現在

江戸時代の浅草周辺

浅草周辺1858年

遥か平安時代に開かれたといわれる浅草寺を中心とした一帯は、今よりも広い範囲を関連施設が占め、伝法院も現在の雷門通りと国際通り近辺まであったようです。

江戸時代と現在の位置関係

浅草周辺1858年-商店街位置

現在の通りの位置関係は図のような感じでしょうか。 この頃から続いている銭湯「蛇骨湯」がある浅草ふれあい通りのあたりは「蛇骨長屋」となっていますね。

明治〜大正の浅草周辺

浅草周辺1892年

この頃には現在の東京23区エリアが東京府東京市となり、15区が誕生。このあたりは「浅草区」と呼ばれました。 浅草区は更に7区に分かれましたが、東京の娯楽の中心地として六区周辺を中心に大賑わい。 伝法院も現在の範囲に縮小されており、空いた部分は浅草寺の関連寺院になっていたようです。 そして、浅草寺へのお参りで賑わう仲見世通りと平行して、雷門通りから伝法院の通用門を結ぶ通りができています。これがオレンジ通りの前身となる道です。 また、「今朝の浅草日記」の「明治19年浅草恩賜公園区画割図」には、すでに現・浅草公会堂の場所に区役所がありますね。 なお、商店街としての「区役所通り」は大正に入ってからスタートしたようです。

昭和:区役所時代

オレンジ通り周辺・1948(昭和23)年

大林組の年表によれば、昭和3(1928)年に「浅草区役所庁舎竣工」とあり、浅草公会堂に建て変わるまで使用された建物はこのときのものです。 その後、昭和11年には東京「都」に。そして昭和22年に東京が23区になります。 このとき、それまで「浅草区」と「下谷区」だった地域が合併し、「台東区」が生まれました。 浅草区役所は台東区役所の第二庁舎として、引き続き昭和49年まで区民に利用されることに。 「今朝の浅草日記」に掲載されている昭和31年の繁華街図によれば、「区役所通り」にはすでに吉田貴金属舟和蝶屋アンヂェラス雲井堂、孔雀堂、勉強堂(現在は日本不動産が入る「勉強堂ビル」)が存在しています。

区役所解体

オレンジ通り周辺・1975(昭和50)年

1974(昭和49)年3月、区役所の第二庁舎は老朽化のため取り壊されることに。 その後約3年弱の工期を経て、昭和52年10月に浅草公会堂が落成。 さて、それまで区役所通りと呼ばれていたのはもちろん区役所があったから。 当然ながら区役所が無くなってしまったら「区役所通り」ではおかしなことになってしまいます。 そこで、浅草公会堂の誕生とともに長年親しまれた通りの名も新しくすることになりました。

浅草公会堂の誕生

オレンジ通り周辺・1979(昭和54)年

新しい名称は、当時の役員の間で討議を重ね、外部のプランニング会社に依頼することに。 そしてプランズマリオ社(当時)に委託し、100を超える案の中から審議のうえで10ほどに絞って最終選考となりました。 その中から、今後の発展を願って「覚えやすく」「親しみやすい」「フレッシュな」印象なのではないかということで「オレンジ通り商店街」に決定となったのです。 ただし、当時日本でも珍しいカタカナ、しかも浅草にあっていきなり「オレンジ通り」ではさすがに抵抗があるとの意見もあり、それまで建物にちなんだ「区役所通り」だったことを踏まえ、「浅草公会堂オレンジ通り」に落ち着きました。

本当に道路がオレンジだった!オレンジ通り

オレンジ通り・アーケード(雷門通り側)
オレンジ通り・アーケード(浅草公会堂側)

浅草公会堂の開館も大きな話題だったので、これに合わせたインパクトのある「浅草公会堂オレンジ通り」という名は早い段階で浸透。 その後10年を機に、昭和62年に法人化し、これに伴って名称を現在の「オレンジ通り商店街振興組合」に改めました。 この頃、「オレンジ通り」になったのをきっかけにして、道路の中央分離帯付近をオレンジに塗装。名実共に「オレンジ通り」だったのでした。 法人化するにあたって、オレンジ通りは大きな転機を迎えます。 昭和30年来のアーケードを取り払い、緑を増やし、アスファルトから石畳風の舗装にすることで、車中心からぶらり歩きできる商店街に生まれ変わる「環境整備事業」を行いました。 それまでも花壇を取り入れて花のある環境が好評でしたが、この整備事業ではアーケードの撤廃とともにふんだんな緑化を行って、建設大臣(当時)「緑のデザイン賞」を受賞しています。

2015年12月23日、オレンジ色のカラー舗装が復活しました。 新たな舗装は、鮮やかなオレンジが道路の幅いっぱいに広がるのが特徴です。 緑あふれる歩道と相まって、いっそうフレッシュなオレンジ通りをお楽しみください。

2015年12月23日、昭和62年以来、オレンジ色のカラー舗装が復活しました!

環境整備事業は平成5年に完了し、現在の明るくオープンな、のんびり歩ける商店街として多くのお客さまに親しんでいただいています。

地図の出典: 古地図=Google Earth 航空写真=地理院地図